【掌編小説】#1「心臓」

掌編小説
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私の心臓は、今、痛いくらいに激しく脈打っている。それはもう、口から心臓が飛び出そうなほどだ。

――半月前、村の寄合にて、私は荒ぶる())大蛇を鎮めるため、人身供犠になることが決められた。

その事実を告げられた時、暗然とした。しかし、それがたとえ口減らしのためであろうと、孤児であった私を育ててくれた村のため、この身を捧げようと心に誓った。

そう思っていたが、その覚悟も村から少し離れた川縁の供犠台に据え付けられた簡素な木製の唐櫃にたどり着く頃には、とうに消え失せていた。

供犠台まで同行していた村の者は、私を暗く狭い唐櫃に押し込むように入れると、分厚い上蓋の四隅を釘で打ち付けた。

村の者の足音は釘を打ち終えるや否や、慌ただしく遠ざかっていった。

不安に襲われる。唐櫃に反抗を試みるも、いくら押しても、叩いても、壊れはしなかった。

唐櫃への反抗も徒労に終わり、悄然とし始めてから数刻が過ぎた頃だったろうか、何かを引きずるような音がした。幻聴が聞こえるほど気でも触れたかとも思ったが、どうも気の所為ではなかった。

悲鳴を上げようにも、乾いた喉は閉じきっており、息を吐き出すことさえ叶わなかった。

徐々に大きくなる不規則に繰り返される何かを引きずるような音。何に祈るでもないが、胸の前で両の手を固く結ぶ。音が大きくなる度、体が強張り、結ぶ手に力が入る。

音がし始めてから、しばらくして何かを引きずるような音が止んだ。

その一方で、心臓だけは灯滅)せんとして光を増すが如く、一層激しく脈打ち、ひどく煩かった。

永遠にも思えたその刹那、開くことのないはずの唐櫃の上蓋が、猛烈な勢いで開かれた。

瞼を固く閉じるもその瞼の裏側には、月明かりを遮り揺れる大きな影を捉えていた。供犠の品定めでもするかのように鼻を鳴らす音とともに首筋に生暖かい空気を感じた。せめて一想いに、と構えるが一向に痛みはやってこない。

恐る恐る薄目を開くと、そこには鬼灯のように赤い双眸が怪しく輝いていた。

驚くまもなく、赤い双眸を持つその影によって手を捕まれ、上体が跳ねるように引き起こされた。

目の前には、月明かりに照らされ妖艶な雰囲気を纏う優美な顔をした女がいた。

女は、居丈高にこう言った。

「お主、我の番いとなるが良い。」

私の心臓は、今、痛いくらいに激しく脈打っている。